守られていた時間にありがとう

 

今日は少し個人的なことを書きます。

 

 

母が亡くなって4年。そのあと、父と暮らしました。

 

介護が必要になり、私は自然と“守る側”になったつもりでいました。

 

通院の付き添い。

 

日々の生活の段取り。

 

体調の小さな変化への気配り。

 

娘として、しっかりしなければ。私が支えなければ。

 

 

そんな思いで過ごした4年間でした。

 

けれど、いつも穏やかだったわけではありません。

 

食事の内容で言い合いになったこともありました。

 

栄養を考えて用意しても、「そんなにいらない」と言われて腹が立った日もあります。

 

 

弱っていく父の姿を見ながら、どこかで自分の将来を重ねてしまい、不安になったこともありました。

 

この先、私はどうなるのだろう。

 

同じように老いていくのだろうか。

 

強く見せていたけれど、実はとても揺れていました。

 

それでも日々は続き、私は“守る役目”を生きているつもりでした。

 

そして父を見送り、その役目は終わりました。

 

正直に言えば、少しほっとした気持ちもありました。

 

もう夜中に様子を気にしなくていい。

 

もう介護のことで悩まなくていい。

 

けれどその「もう」は、両親がもういない、という意味でもある。

 

 

介護の心配はなくなった。

 

でも同時に、守る相手もいなくなった。

 

それは自由のようで、やはり寂しいものです。

 

そんなとき、母の友人から「好きなように生きていいのよ」と言われました。

 

その言葉に、じーーんとしました。

 

好きなように生きていい。

 

そう言われても、すぐに軽やかにはなれません。

 

 

ただ、静かな家の中で気づいたのです。

 

守っていたつもりだったけれど、本当は守られていたのだと。

 

同じ空間に父がいるという安心。

 

ぶつかり合いながらも、そこにいてくれるという事実。

 

 

私は役目に必死で、そのぬくもりを当たり前にしていました。

 

お父さん、あのとき怒ってごめんね。本当は、不安だっただけなんだと思います。

 

パーソナルカラーの仕事で「あなたらしさ」を整えるお手伝いをしている私ですが、この4年間、私はこんな風に生きていました。

 

そして今、介護で悩むことはもうありません。

 

それは、両親がもういないということ。

 

 

その現実を受け止めながら、胸の奥に、あの言葉をそっと置いています。

 

好きなように生きていい。

 

 

まだ上手にはできないけれど、守られていた時間に、ありがとう。

コメントをお書きください

コメント: 1
  • #1

    lavender (金曜日, 27 2月 2026 21:51)

    こんばんは
    読んで涙が出てきました
    私も同じ様な気持ちで父に母に接していました
    今日はお墓参りに行きました
    毎回、誰もいない実家に立ち寄り、賑やかだった頃の日々を思い出し、、、悲しい現実を実感し、そして涙が出るの繰り返しです�